Daily K-Scale 0423
よみたいときに よめば よゐ
ほどほどの不便さを。
世の中、どんどん便利になっている。「便利」とは、どうやら「早い」「手軽」だけではなさそうだ。「他人と直(じか)に接触しなくてすむ気楽さ」が、実は私たちにとって、大きな付加価値のようなものになりつつあるのではないか。
こんな考えが、新聞に載っていました。発言されているのは花巻市教育委員会東和事務所長の役重真喜子さん。「今の子どもたちは人との接し方が下手だ、と言われるようになって久しい」と同時に、「大人社会がせっせと量産しているのは“隣人と接触しなくてもすむ”便利で楽な道具」と看破されています。
確かに、自動販売機の「便利さ」は彼女が語るとおり、コミュニケーションのわずらわしさを省いてくれます。店員さんとの会話やお金の受け渡し、まわりの人への気遣いなど、人と関わることなく目的が果たせるのです。つまりは感情を動かす必要がないのです。
考えてみれば、最近、メールだけでコミュニケーションを済ますことって多いのではないでしょうか。年賀状の販売が不振だと聞きます。その背景には、メールで年賀の挨拶をする人が増えていることがあるそうです。一括送信できることやコスト削減できることがメール年賀状の増加に拍車をかけているようです。
年賀状でさえ、こんな状態ですから、仕事となるとメールの洪水です。ある会社の方から伺った話ですが、近ごろは、上司が隣のデスクに座っている部下に「今日、残業できますか」とメールを打つのだそうです。「昔なら、直接“今日は残ってもらえるか”と声をかけたものなのに…」と、その会社のOBである話の主はなげいていらっしゃいました。
役重さんは言います。「がっぷり四つが足りない」と。「接触だらけの毎日は、時にわずらわしく不便である。しかし、不便だからこそ生まれる助け合いがある。助け合いがあるところに優しさも生まれる」と。メールもいいけど、がっぷり四つのカマエで、面と向かって話すことも大切にしたいものですね。そう、ほどほどの不便さを、いつも身のまわりに置いておきたいと思います。
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